S社(LCC)航空整備士猪又さんの過労死はどうして起きたのか 本文へジャンプ
この過労死労災事件の概要と背景

 航空整備士の猪又さんは、格安航 空会社スカイマーク社(以下「S社」)に勤務し、航空整備士の業務に従事していましたが、2008年(平成20年)6 月28日 12時30分ころ、自動車で通勤する途中、自家用車の中で、脳動脈瘤破裂に伴うくも膜下出血を発症しました。
猪又さんは、通りかかった人に発見されて、東邦大学医療センター大森病院に救急搬送され、治療を受けましたが回復せず、4日後に この病院で亡くなりました。
 猪又さんは35年間、航空整備士として働き、2000年12月に全日空からS社に移籍し7年半後でした。当時53歳でした。
(温度の差が激しい)屋外作業・(仮眠のない)深夜長時間勤務という厳しい労働環境に耐えながら働いてきました。
 コスト削減を最優先とするこの会社で、切り詰められた人員の中でさらに、ほとんど毎日のように航空整備経験が非常に乏しい若手 後輩の指導を担いながら、航空機の安全を支え、ライン整備の責任を一手に引き受けて働いていました。
 こうした大きなストレスに加え、深夜交代勤務による疲労を抱えながらの仕事が、このような重大な病気の発症に関わっていたこと は明白です。更に猪又さんが体調を崩し夜勤のない日勤勤務を希望したにもかかわらず、その希望が叶えら れた期間は一月と続かず、 再び夜勤を指示されていたのです。その直後に発病したことは、その原因を辿る上で見過ごせない事実です。
 しかし、労災保険支給を決定すべき労基署などは、仕事とは関係はなく、自然発生的に起こった病気として「不支給」を決定しまし た。
 ご遺族は、2011年8月「仕事とは関係がなかったという決定」に納得できず、東京地方裁判所に提訴し(現在は控訴審が進行 中)、 航空に働く多くの仲間 と共に闘っています。

<労働災 害 発生の背景>
          ==LCC(格安)航空会社==
目 先のコスト削減で整備士の
          人員配置は最低限以下!


【労働災害発生の背景】
 
<航空界の状 況>現在の航空界は、いわゆる格安航空会社「LCC(ローコストキャリア)」 の台頭・拡大で 一見華やかな産業 に見えますが、その現場では様々な矛盾が吹き出しています。市場競争の激化と、それに伴って拡大してきた空港の運用時間が背 景にあります。
航空整備士をはじめとした現場労働者は、航空の安全確保という大変大きな責任を負わされながら、早朝から深 夜・徹夜に至る不 規則な勤務を強いられ心身共に疲労しています。
 その中で、被災者のつとめていたS社は「日本でのLCCの先駆け」と言われ、運航コストを極限にまで切り つめようと、ギリ ギリの人員で密度の高い仕事を現場に強いてきました。
 従来のエアラインに比べれば、飛行機の「稼働率」も厳しく求められ(到着してから出発するまでの時間が 30分ほどしかな い)、その一方で、コスト削減がもたらす結果として、会社の保有する運航支援システムは貧弱なものとなっています。

<不規則な勤務拡大がもたらす睡眠の質の低下と健康破壊>
 このように航空労働者のなかで、人間の(自然な形の)生理リズムに逆らわなければならない働き方をしなけ ればならない状況 が広がり、健康被害が生ずるのです。それは、まず、睡眠の質の低下という形で労働者に襲いかかります。そして、この「質の悪 い睡眠」が様々な疾病の原因につながかっているのです。ところが、こうしたことが、(労働災害認定にあた る)労基署では理解 されていないのではないか、と思われる決定がなされているのです。そして、再発防止がはかれない状況を生み出しています。

【不 規則な勤務が招く健康破壊】

  
 
<人間は「時間」でなく「時 刻」の上に生活をしている>

  本件の労働災害申請に対して、労働基準監督署は以下のように述べていま す。              
「毎日7時間程度の睡眠時間が取れていれば問題があるとは言えない」(要旨)??             
 はたしてそうでしょうか? 不規則な勤務にたずさわる労働者は、徹夜で仕事に当たって、早朝に帰宅し たあと「時間として は」7時間ほどの睡眠を「取れる」ということでしょうが、その睡眠は太陽があたまの上で輝き、普通の家庭であれば家族の社会 と関わる活動が行われている「時刻帯」です。
 静かで暗い環境を求めるのは困難です。一方、本人の体の中ではサーカディアンリズムが、体温を上げ血 圧を上げて「活動に備 える」のです。当然、良質な睡眠をすることは出来ません。疲労回復には不利な状況に置かれているのです。
 また、労基署は労働時間について「時間外労働時間は一ヶ月当たり45時間以内であり労災認定基準では 疾病の原因になるほど の労働とは認められない」(要旨)とも言っています。
  ここでは、通常の日勤勤務者と夜勤を含む三交代勤務者を区別することなく、昼間も夜間の時間も区別 せず同じ土俵でとらえ ています。はたして、深夜の8時間労働と日勤の8時間労働はその重さは同じなのでしょうか? 毎日の出社時間が大きく異なっ ている労働者の体への負担は考慮しなくて良いのでしょうか? こうしたことについても、これまで出され た多くの知見は、その 労働負荷の重さは当然大きいと認めています。
 このような科学的知見は、現在、特に世界の航空界では常識化しつつありますが、日本の中では残念なこ とに十分広がっていま せん。